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「ふるさと納税」の何がダメだったか

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「ふるさと納税」が話題のようですね。ここ数日、かなり厳しい論調で批判されているのをよく目にします。ある首長経験者は「今のふるさと納税は脱税」なんてことを語っていましたし、昨日は典型的な都市自治体である東京都町田市の市長が「修正するかやめてしまうぐらいのことをやってほしい」と強い口調で訴えていたのが印象的でした。

「ふるさと納税」がここまで批判されるようになった理由は何なのでしょうか。思う所を少しまとめてみたいと思います。

 

制度的な「主旨」は間違っていなかった

ふるさと納税の導入は2008年に地方税法の一部が改正されて「寄付金税額控除」についての条項が挿入されたことによります。過疎化によって地方の税収が減少する中、都市部から地方へ税を還元する仕組みを地方が求めたことは想像に難くないでしょう。その意味で、今述べたニーズを実現するために導入された、ふるさと納税が持つ制度的な主旨自体は決して間違っていなかったのだろうと思います。

 

しかし、地方が置かれている実態を考えてみると、始めから欺瞞が内在する制度であったことも否めない事実なのではないかなと思います。小泉政権下で「来る少子高齢化・人口減少社会への対応」とか「地方分権の推進」を大義とする三位一体改革が推し進められる中で、平成の大合併に呼応しない自治体では「アメとムチ」の原則に従って容赦なく地方交付税が減らされました。ただでさえ地方が税収減に悩まされる中、三位一体改革は結果としてその大義とは裏腹に都市部との税収格差を拡大させ、地方の税収減や少子高齢化を加速度的に推し進めたわけです(詳しくは当ブログ過去記事「平成の大合併とは何だったのか」をご覧ください)。そういった時代背景の中で導入されたのがふるさと納税なわけですが、であればふるさと納税はそもそも交付税削減の中での対症療法的な措置に過ぎず、本丸である三位一体改革の問題点から目を背けさせる格好の標的であったとも言えるのではないでしょうか。

 

持続的な税収増が望めるわけではない

「返礼品競争」が加熱する背景にはこの問題があるのだと思います。マクロの視点で見れば寄付額が急拡大しているので見えなくなりがちですが、個々の自治体に目を向けると、現実にはふるさと納税による寄付額が前年度を大きく下回る、といった事例も出てきています。平成27年度のふるさと納税による寄付額を平成26年度と比較すると、例えば鳥取県の境港市では▲1.35億円(前年度比-32.2%)、北海道の礼文町では▲0.97億円(前年度比-90.7%)といった大幅な税収減となっている自治体があります*1。こうなってしまうとふるさと納税による税収を継続的な事業に使うのは難しく、単発的な事業に使うしか無くなってしまいます。中には前時代的なハコモノ整備といった地方創生の流れに逆行する事業に税収を充当する自治体もあるかもしれません。

 

持続的な税収を獲得するために、自治体は「返礼品競争」によってわが町に一円でも多くの寄付を、と躍起になります。これもまた問題です。千葉県の大多喜町では町で使える金券を返礼品としたところ、金券を郵送させる代わりに新車などの高級品を送る業者が出てきて富裕層の節税対策となってしまっている、という事例が以前紹介されていました*2。こういった問題が出てくるから返礼品は特産品に限定しろという声もあるようですが、そういう問題でもなさそうです。ある自治体では(どこか忘れました、すみません・・・)特産品であるカニを返礼品としたところ、返礼品として送るカニのシェアがあまりに大きくなりすぎて地元で使うカニが足りなくなった、なんて問題が発生したと聞きます。また返礼品は自治体が業者から買い上げる形で寄付者に送るため、返礼品の依頼が特定の業者へ偏ってしまうと自治体と業者との間に癒着関係が生まれ、地域経済を停滞させかねません。ふるさと納税による返礼品が、かえってふるさとの経済を疲弊させている。あまりに本末転倒ではないかと思うわけです。

 

税収増が「目的」ならふるさと納税なんかやめるべき

ふるさとを元気にするために一番大事なことって何でしょうか。私は「交流人口」や「活動人口」を増やすことなのだろうと思います。何らかの形でその地域に関わる人が増えれば、信頼関係を醸成する中でまちづくりに資する工夫やアイデアが出てくる。「葉っぱビジネス」の徳島県上勝町や「修景」の長野県小布施町といった成功例の蓄積がそれを物語ります。ふるさと納税も本来的にはその地域への帰属意識や共感を「税を支払う」という形で表現することによって関わろうとする営みの1つとして位置づけられるべきだと私は思うのです。税収増は結果論に過ぎないはずなのに、交流人口や活動人口を増やすという本来の目的を見失なう、あるいは阻害しさえしてしまっている、現在のふるさと納税のあり方は本末転倒だと思います。

 

「ふるさと住民票」という考え方があります。住民と自治体との関係が多様化する中で、その町に住んではいないがその町と関わりたいと願う人のために提案された、法律に基づかない「もう1つの住民票」で、既にいくつかの自治体で導入が開始されています*3。経済成長が絶対視された個人主義の時代が終わりを迎えつつあるこの転換期に、帰属意識や共感といった「つながり」を求める住民・市民は決して少なくないはずです。その原動力を活かして交流人口や活動人口の拡大に繋げていけば、結果として地域経済の活性化や税収増に繋がるアイデアが生まれてくるのではないでしょうか。その意味でふるさと住民票はふるさと納税のオルタナティブとして画期的だし、ふるさと納税自体も有意義な制度として再定義するためには、ここで抜本的な検証が必要なんだろうと思います。

 

 

 



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