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暗記地理からの解放。

名古屋市の人口、230万を突破。

地理

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ついに地元・名古屋市の人口が230万人を突破した。私が初めて「広報なごや」の推計人口に目を向けた頃の推計人口が221万人ぐらいだったので、ようやくといった感じだ。都道府県では宮城県新潟県と同規模である。ちょうど大阪市も39年ぶりに人口が270万を回復したようなので、名古屋と大阪の人口はほぼ40万の差ということになる。ちなみに横浜市は大阪の100万人上を行っているので恐れ多くて比較なんかできない。なにしろ四国と同規模なのだから。

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(ちょっと前に作ったシロモノを引っ張り出してきた。今はさらに差が縮小している)

 

さて、名古屋市の人口が220万を突破したのが2004年の6月の話なので、230万人を突破するまでの期間は12年弱。210万から220万までに掛かった期間が20年ちょっとなので、およそ半分の期間で10万人を上積みしたことになる。わが国全体が人口減少へと突入する中で、その増加ペースをむしろ加速してきたという事実は非常に興味深い。何が起こっているのだろうか。考察してみたい。

 

増加ペース加速の原動力は全市的な人口漸増傾向

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上は人口が220万を突破した2004年6月を基準とした、2016年5月現在の各区の人口増加率である。興味深い点はいくらかあるが、まず全体として、北区、港区および南区を除いた16区中13区で人口が増えているという事実は注目すべきである。実は210万人(1983年11月突破)からの約20年間では、16区中わずかに7区(中区、中川区、港区、守山区、緑区、名東区および天白区)でしか人口が増えていない。東郊各区での急速な人口増が都心部や西部各区の人口減をカバーしてきたのが前の20年間であったのに対し、今回の12年間は全市的に人口が漸増傾向であったと考えることができるだろう。

 

都心回帰は進んでいるがトレンドは自然減

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やや見難くて申し訳ないが、 16区すべてのデータをグラフ化すればこうなってしまうことは致し方ない。真ん中の太いピンクが全市、が都心の2区、オレンジが北東部の3区、が南東部の4区、が南西部の4区で色分けをした。こうして見ると、やはり都心の中区を筆頭に、東区、それに南東部で市内一の人口を抱える緑区の人口増が著しいことが分かる。

 

かねてより宅地化の進んでいた緑区については、2011年の桜通線徳重延伸(区内初の地下鉄である)がその傾向に拍車をかけたということであろう。都心部について言えば、地価の落ち着きに伴う都心回帰は全国各地で見られる現象だが、名古屋で特筆すべきはテレビ塔アナログ放送終了に伴う高さ制限の撤廃であろう。これによって栄地区では数々の再開発計画が持ち上がってきたし、現に2011年以降の5年間で栄を南北に貫く久屋大通の両側には3本のタワーマンションが出現している。これらの要因から、都心回帰は着実に進んでいる

名古屋市内における20階建て以上の超高層マンション一覧。青=1985-1989、緑=1990-1994、黄緑=1995-1999、黄=2000-2004、橙=2005-2009、赤=2010-2014、桃=2015-、白=建設中/計画中。緑系が郊外に目立つのに対し、都心部には赤系が目立つ。タワーマンションの立地からもはっきりと「都心回帰」の傾向が読み取れる。

 

それ以外について言えば、千種区と守山区の人口増がやや突出している(現に千種区では'10年代前半にタワマン建設が進んだ)ほかは停滞・漸増傾向で一貫している。これらから名東区と天白区を除いた6区では自然減を社会増がギリギリ補っている状況が共通しており、状況次第でいつでも人口減少局面に入るような現状である(名東区と天白区は逆である。そりゃ、まだ若い区だから子どもは生まれてる)。

 

翻って、北区、港区、南区の人口減少は止まらない。特に南区の人口減少は1969年以降一貫した傾向であり、(戦後)ピーク時の19.2万人から3割近く減少している(2016年5月現在で136,684人)。いまも工業港として重要な地位を占める名古屋港の周辺では大企業の下請けで生計を立てる中小企業が卓越しており、ウォーターフロントの再開発を促進するだけのインセンティブが弱いことが南区や港区の人口減少を説明できるだろう。東日本大震災は当然、それをさらに抑制する原因となったと思われる。地方にみられるような人口急減は各区でもみられないものの、こうした傾向は上に挙げたような人口停滞・漸増傾向の各区がすぐに迎えうる状況を先取りしており、いずれも今後を注視していきたい。

 

人口減少局面への突入も時間の問題

こうして見ると、今回の12年間で人口増のペースは加速したが、それは全市的な人口漸増傾向を都心回帰や緑区の宅地化ペースが援護射撃したまでであり、前者が人口減少局面を迎えれば、この人口増ペースは当然落ちるし、全市が人口減少局面に入るのも時間の問題と考えるべきかもしれない。河村市長は「人が増えることは、都市にそれだけ魅力があるということだ」と述べたというが、実際のところ、あまり呑気なことも言っていられない。

 

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