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暗記地理からの解放。

【参院選】何が「3分の2」を許したか(その1/一人区)

地理 政治・選挙

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参院選が終わった。既に多くの報道で見られる通り、結果は与野党とも釈然としないものとなった。野党4党にとっては自民・公明・維新・こころの「改憲勢力4党」による「3分の2」(162議席)こそギリギリで阻止(161議席)したものの、無所属の自民党会派議員やその他の改憲に前向きな無所属議員を「改憲勢力」に含めれば容易に「3分の2」を許す構図を作ってしまった。一方、与党は勝利を決めたとは言え自民党による単独過半数(改選57議席)には1議席及ばない56議席であったし、東北や北信越の一人区を中心に「競り負け」が目立ち、現職議員が多数落選の憂き目に遭った。唯一《一人勝ち》の様相を見せたのが生活の党で、存亡の危機とも思われた絶望的な情勢報道とは裏腹に岩手・新潟の一人区で生活系無所属2名が当選したほか、比例区でも滑り込みで1議席を獲得したことにより実質の全員当選を果たし、会派レベルでは公示前を1議席上回る結果となった。それはそうと、いずれにせよ、大局的な見地からすれば誰からも喜べない結果となったことは事実である。特に野党4党にとって重要な目標であった「3分の2阻止」が容易に破られる構図となったことは今後の国会運営に多大な影響を及ぼすし、各党執行部にとっては責任問題に繋がりかねない。そこで今回は3回に渡って「何が『3分の2』を許したか」と題し、「3分の2」の分かれ目となった選挙区について、一人区、複数区、比例区の3つの観点から検討していく。

 

初回は一人区についてである。結論から述べれば、一人区については野党4党はほぼ完璧な勝利を演じることができた。32ある一人区で「11勝21敗」という数字は、共同通信が終盤情勢で報じた《野党4党先行の3選挙区と接線の8選挙区》のうち10選挙区を野党4党が制し、さらに与党優位が報じられたうちの1選挙区をも奪還した計算になる(選挙区の詳細はこちら)。そもそも、2013年の参院選と同じ得票数を今回野党4党が獲得していたとしたところで、一人区で取れた議席は9議席(ハフポストの試算)に留まったことを考えると、各紙が報じたような「共闘の効果は限定的」という見方は誤っていると断じざるを得ない。だから駒崎の言うような「野党共闘というのが完全なる誤りであった」といった類の言説は、少なくとも一人区を見る限り、現実の票の動きを無視した短絡的な発想であると言わざるを得ない。

 

このような一人区についての総括を踏まえた上で、あえて個別の選挙区にフォーカスを当てるとすればただ一点、愛媛で野党統一候補が勝てなかったことが悔やまれる。愛媛は上述の共同通信が報じた《野党4党先行の3選挙区と接線の8選挙区》で唯一自民党候補の勝利を許した選挙区であり、保守王国・愛媛で勝利すれば大変なファインプレーだという期待も大きかっただけに、取りこぼしには無念さもひとしおといった所である。なぜ野党4党は愛媛で勝てなかったのか、与党優位からの逆転勝利を決めた青森と、僅か1090票差で野党統一候補が切り抜けた大分との比較から考察したい。

 

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上の図は愛媛における双方の候補の勝敗と得票率を自治体別に表したものである。なお青森・大分ともすべて赤系=自民党候補勝利、青系=野党統一候補勝利、で統一している。愛媛で野党統一候補となった無所属の永江孝子氏はもと南海放送のアナウンサーで、全県的な知名度を誇る候補である。政権交代選挙においては自民党の重鎮で現在は厚生労働大臣を務める塩崎恭久と松山市のほぼ全域を範囲とする愛媛1区で民主党公認候補として争い、約2800票差まで迫って比例復活を遂げたが、その後2回の総選挙では比例復活もできず落選し、一度は政界引退を表明している。一方、自民党の現職である山本順三氏は県内第二の都市・今治市を地盤とする元県議会議員で、2004年から連続当選を果たしている。このような経緯から山本氏は地元の今治で得票率57%に迫る大勝を決めた一方、永江氏は地盤である松山で50.3%の得票率に留まったため、基本的に郡部で自民党が強いことを鑑みれば、永江氏の落選は自然な流れとも言える。松山でもう少し得票を伸ばしていれば、結果は変わったことだろう。

 

対照的なのが青森である。

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青森では民進党公認の田名部匡代氏が野党統一候補に担がれた。田名部氏は農林水産大臣も務めた田名部匡省氏の次女で、政権交代選挙においては父が地盤としていた八戸市を中心とする青森3区で現在は衆議院議長を務める自民党の大島理森と争い、367票差まで迫って比例復活を遂げたが、その後は永江氏と同様に2回の総選挙とも比例復活もできず落選している。一方の自民党現職である山崎力氏は青森市出身で、既に参議院議員を3期務めている。このような経緯から郡部でこそ山崎氏が圧倒的な強さを見せたが、田名部氏は父の時代からの地盤である八戸で6割を超える得票率で勝利したほか、青森・弘前の大票田でも競り勝ったことで結果として8052票差で逆転勝利を決めた。地元・地盤で大勝できるか否かという点は、勝敗の大きなキーポイントとなっているように思われる。

 

さらに大分を見てみよう。

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大分の野党統一候補は大分市出身で民進党現職の足立信也氏で、2004年から連続当選を果たしている。一方の自民党候補は国東市出身で別府大学で非常勤講師も務める弁護士の古庄玄知(こしょう・はるとも)氏であった。自民党の強い九州にあって大分は特殊な地で、本土で唯一の社民党衆議院議員(吉川元氏)が比例復活ながらも大分3区から選出されているなど社民党が一定の強さを見せるほか、大分市を範囲とする大分1区は民進党現職の吉良州司氏が選出され、大分市長の椅子は昨年までの40年に渡って野党系が占めるなど、伝統的に野党の強さが際立つ県でもある。その証拠に大分では古庄氏の出身である国東半島を除けば古庄氏が郡部で圧倒的といえるほどの強さを見せておらず、足立氏が現職の強みを活かして郡部にも一定の浸透を見せたことが分かる。最終的には人口の4割を占める大分市で前大分市長の釘宮氏の後援会が活発に動き、大分市を51.2%という得票率で制したことが最終的に1090票差という僅差での勝利に繋がった。大敗する地域を最小限に留められるかという点も、勝敗の鍵を握っているものと思われる。

 

ここまで3県の比較からなぜ野党4党は愛媛で勝てなかったのかを考察してきた。愛媛で勝利を決めるためには

  • 地盤である松山市で大勝を決めること
  • 地盤でない地域で大敗を最小限に留めること

のいずれかが必要だったように思われるが、後者は県内第二の都市である今治市が山本氏の地元である以上、大敗は確定的な結果であった。私の試算では、仮に松山市で結果より2ポイント得票を上積みして52.2%の得票率を出せば、その瞬間に永江氏勝利が決まったことになる。過去にifは禁じ手でこそあれ、それだけの接戦だったということだ。

 

いずれにせよ、一人区は野党4党がほぼ完璧な勝利を決めることができたことに変わりはない。言い方を変えれば一人区での1つ2つの取りこぼしは「想定内」であったから、愛媛で勝ったか負けたかは、言葉は悪いが大局的な見地からすれば大した問題ではないのである。それではどこで「3分の2」を許すような差が付いたのか、次回は複数区について考察していく。

 

 

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