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【参院選】何が「3分の2」を許したか(その2/複数区)

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さて、今回は複数区である。一人区とは打って変わって、複数区は「野党4党」という枠組みでは大変に厳しい結果となった。二人区こそすべて自民、民進が議席を分け合ったほか、社会党時代から伝統的に野党の強さが際立つ北海道(三人区)では民進党が2議席を占め、四人区の愛知と六人区の東京ではそれぞれ半分の2議席、3議席を野党が占めたが、それ以外の選挙区(埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡)では「改憲勢力4党」に「3分の2」を許すことになった。特に関西圏の野党4党の退潮は著しく、大阪・兵庫の2府県(それぞれ四人区、三人区)では全議席を「改憲4党」が占める結果となった。

 

複数区では市民団体レベルでこそ野党共闘が叫ばれたが、実際には野党4党のうち複数区に候補者を擁立した民進・共産・社民の各党間ではほとんど共闘の兆しが見られず、特に民進党においては競合する共産党に競り勝つための煽り文句さえ党内ないし支持者の間で飛び交ったのも事実である。ただ、複数区でも一人区と同じように野党共闘が進めば良かったのかと問われれば、必ずしもそうとは言い切れない。たしかに上述したような結果を招いた大阪・兵庫で仮に野党共闘が進めば、単純に票を足すと「野党統一候補」が最下位当選候補の得票を上回るため、「野党統一候補」が当選ラインに食い込めたことは事実である。しかし複数区は人口が多いからこそ複数区なのであり、その大票田に自前候補を立てないことは比例区の票を自ら大幅に削る自殺行為に繋がりかねない。選挙区で辛うじて「野党統一候補」として議席を確保しても、その分比例区で自党候補の議席数を減らせば、それは本末転倒というものである。そういうわけで、大阪・兵庫の結果については割り切る必要があったと思われるし、その他の《与党2、野党1》を確保した三人区(埼玉・千葉・福岡)に関しても終盤情勢を鑑みれば順当な結果だと割り切るべきだろう。

 

問題は神奈川である。四人区である神奈川では野党4党から4氏が出馬し、うち3氏が主要候補となった。民進党現職の金子洋一氏、民進党元職で旧みんなの党→維新の党出身の「江田チルドレン」真山勇一氏、そして共産党新人の浅賀由香氏である。一方の「改憲4党」も4氏が出馬し、うち自公系の3氏が主要候補となった。自民党現職で比例区から鞍替えした三原じゅん子氏、公明党新人の三浦信祐氏、そして無所属・自民党推薦で旧みんなの党出身の中西健治氏である。このうち自公の2氏、すなわち三原氏と三浦氏は盤石であったため、実質的に残り2枠を金子氏、真山氏、浅賀氏、そして中西氏の4氏で争うこととなった。結論から言えば、真山氏と中西氏が当選し、さらに中西氏を自民党が追加公認したため、「改憲4党」が「3分の2」を超える4分の3を占めることとなった。

 

少なくとも、野党4党が2議席を得る手立てはあったように思われる。民進党現職の金子氏は連合神奈川がお抱えで支援に回ったため当初は有利に戦いを進められるものと思われたし、共産党新人の浅賀氏も党の躍進ムードに上手く乗ることができれば自民党推薦の中西氏に競り勝てるだろうという見立てが強かった。その中西氏を《潰す》ために3月に船出を遂げた民進党で神奈川のボスとなった江田憲司氏の立てた奇策が「民進党2人擁立」である。江田氏は表向き「1人しか出さないということではとても政権交代が狙える政党とは言えない」ということで2人擁立に踏み切ったとされているが、実際のところみんなの党出身の同胞ながら袂を分かった中西氏を江田氏が潰したい一心で擁立した案山子候補が「中西氏から旧みんな票を奪える」真山氏、という経緯が真意のようである。そういうわけで、各党間ないし民進党の内部でも様々な思惑が行き交いこそしたものの、野党4党が2議席を得るための土壌は公示前までに整備されていたのである。

 

確かに7月4日の時事通信の終盤情勢は3位4位を「浅香・金子」の順で報じていた。この時点で中西氏の優位を報じる新聞は無かったし、せいぜい金子氏でなく真山氏が当選ラインに入っていた程度だった。それが7月8日の朝日新聞の終盤情勢になると「中西・真山、やや有利」に大転換したのだ。金子氏は有力6候補のうちで最下位。そして実際に、金子氏は6位で落選し、案山子候補だったはずの真山氏が3位で当選、江田氏がどうしても落としたかった中西氏も4位で当選することになった。何が起こったのか、市区町村名別の得票数を詳しく見ていこう。

 

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※各市区町村とも4候補のうち最も得票の多い者の票数に濃い着色をしている

真山・中西の両氏は「旧みんな票」や無党派の票を食い合う関係のため、いずれも都市部で強いことは分かるし、共産党の浅賀氏も同様の傾向だと理解できる。さらに中西氏は神奈川4区の浅尾慶一郎衆議院議員、神奈川15区の河野太郎衆議院議員からも支援を受けたため、平塚市や鎌倉市といった当該の自治体で相応の得票があるのも当然だ。問題は金子氏である。連合神奈川の支援を受けているために4候補の中では比較的ムラなく得票できるはずの金子氏は、都市部の票が頼りの3候補に比べ普通に考えれば相対的に郡部で多くの得票が見込めるはずである。それが上図の通り、金子氏が4候補の中で最多得票を記録したのは僅か2市2町。金子氏が浸透しきれなかったというよりむしろ、自民党の推薦を受ける中西氏に郡部の票が食われたのだ。これが決定的な金子氏の敗因であり、裏を返せば中西氏の勝因だと考えられる。

 

そもそも金子氏が獲得した約45万票という票数は、3年前、民主党がドン底の時に執り行われた2013年の参院選で民主党の現職である牧山弘恵氏が獲得した約46万票とほとんど変わりがない。それはすなわち、いずれもお抱えで戦った連合神奈川の実力がその程度であるという証左である。民主党、そしてその後継政党である民進党は少なからず連合の持っている票に頼って、連合の顔色を伺いながら選挙戦を展開してきた。3年前でこそ辛勝したものの、ついにお抱えで戦っても勝てない組織と化してしまったことは、民進党神奈川県連における連合への不信感に繋がりかねず、それは江田系という連合の票に頼らない「非主流派」の台頭を許すことになるだろう。神奈川民進党「主流派」の一人を落とした連合神奈川の責任は大きく、このことが民進党神奈川県連のパワーバランスにも影響し、県連組織の不安定化を招きかねない状況なのだ。

 

やや話がずれてしまったが、では「3分の2」を阻止するために民進党はどうすれば良かったか。私はそもそも「組織票と浮動票のすみ分け」という戦略が間違っていたのではないかと思う。組織自体を二分して、意外な結果がもたらされた事例はいくつかある。例えば大阪ではおおさか維新の会が組織を二つに分けて浅田均氏と高木佳保里氏の2人を支援する態勢を整えたことで、最初は圧倒的な知名度を誇る維新政調会長の浅田氏が大量得票をしてしまうため票割りは困難と考えられていたところ、実際には浅田氏約73万票、高木氏約67万票という綺麗な票割りができた。愛知では同じ民進党で、現職である斎藤嘉隆氏と新人の伊藤孝恵氏に連合愛知の票を綺麗に二分した結果、現職斎藤氏の大量得票、新人伊藤氏の苦戦という大方の予想を裏切って斎藤氏58万票に対し伊藤氏が52万票を獲得した。組織を二分することで浮動票も同じように二分しなければならなくなる。神奈川民進党も同じような戦略を取れば、結果として真山氏58万票に対して金子氏45万票という歪んだ票割れも生じなかっただろうし、何より浮動票を手放しても組織票で勝てるという緩みが陣営から無くなったに違いない。こうすることで民進党は、中西氏に票を奪われないことで氏の当選ライン到達を阻止し、真山・金子両氏の2人当選を決められたかもしれないし、少なくとも両氏のいずれかと共産党の浅賀氏を通すことはできたはずである。「民進党は最初から候補を絞っておくべきだった」という意見も散見されるが、神奈川に関してはむしろ組織を二分できたか否かで十分結果は変わってきたように思われる。

 

さて、ここまで一人区と複数区、両方について「何が『3分の2』を許したのか」を考察してきた。一人区はほぼ完璧な勝利だった一方、複数区では何としても落とせない神奈川を落としてしまった。ただここまでのifを積み上げても、神奈川の1議席、愛媛を含めても2議席しかひっくり返らない。次回は比例区について考察するが、どうやら「3分の2」の大元凶はここにあるようだ。

 


 

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