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社会保障と地域福祉に関する一論考(前編)

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はじめに

2016年9月の民進党代表選で前原誠司が掲げた「All for All」は我々に鮮烈な印象を残した*1。それは、かつて日本政界における新自由主義者の最右翼の一人と目された人物が突如として反ネオリベ的な政策を掲げて野党第一党の代表選に打って出たというだけの話ではない、日本社会の必然として「分断社会」を乗り越えなければならないという大きな旗印を、我が国の政治家が明確に示すという、極めて意義深い転換点を迎えたということなのである。

 

「分断社会」それ自体は慶應義塾大学教授の井手英策がかねてより旗振り役となり巷で議論を呼んでいた。実際のところ、前原が掲げた政策は井手の受け売りに過ぎず、そこに学者の言葉から敷衍した形で語りかける政策が無かったことも少なからず彼が先の代表選で敗れた原因でもあろうが、それでも我々は「分断社会」という視点から本気で我が国を構成している社会システムに対するパラダイムを再構築するのか否かの歴史的な岐路に直面していると言っても過言ではない。本稿では従前の社会システムの綻びによって露呈してきた貧困や格差といった現代日本が抱える問題を整理する中で、その社会システムの根本的な転換についての可能性を模索しつつ、現実的に我が国が採るべき社会保障と地域福祉に関するビジョンについて論考していく。

 

1. 貧困という病理

いつまで経っても「普通の豊かさ」を享受できない生活環境が我々を取り巻いている。眼前には極めて重い責任と長い拘束時間を強要されるブラックバイトが立ちはだかり、さもなくば毎日の食費に小金をやっと捻出する困窮状態が容易に待ち受ける。将来を見据えれば奨学金という名の学費ローンを何年も返済し続けなければならない状況にあるにも関わらず、雇用環境の急速な流動化に伴って定職に就ける保証も担保されない。藤田孝典(2016)が「貧困世代」と形容した我々の世代が直面する現状は、我々に向けられるシニア世代が抱く一般的な世代像よりよほど困難を余儀なくされている。

 

もはや、それが個々人の怠惰に原因を帰しうる性質のものでないことは誰の目にも明らかだ。かつて我が国の現役世代は「終身雇用、年功序列、企業型組合」を軸足とした日本型雇用慣行に支えられ、家族主義の規範のもとで男性稼ぎ主が妻子を扶養する一方、保育や介護をめぐっては抑制された公共サービスに代わって主婦のマンパワーに依拠する、そんな社会システムのもとにあった。その基本的なレジームは1960(昭和35)年に首相に就任した池田勇人の「救貧よりも防貧を」なる思想を根拠に構築され、結果として我が国の社会保障支出は小さいにも関わらず、雇用の実質的な保障が社会保障給付水準の低さを補完することで現役世代の生活環境を維持してきた。しかし、グローバル化に伴う雇用環境の流動化はそういった日本型の雇用慣行を崩壊させ、社会保障の脆弱性を明らかにした。ここに誕生したのが「貧困世代」なのであって、真っ先に問題にされるべきは怠惰などではなく社会システムの歪みに他ならない。

 

我が国の社会保障の給付費は現在でも年金と医療によって約8割が占められ、現役世代への給付は極めて小さい。公的社会支出の対GDP比23%に対して現役世代への支出3%は、OECD諸国平均6%を大きく下回る*2。このため、職業訓練や職業紹介といった積極的労働市場政策による支援策メニューは顕著に不足しており、失業しても再就職は容易ではなく、かといって家賃補助や教育費の補助といった給付策も不十分な状況にある。安倍内閣が「働き方改革担当大臣」ポストを創設した一つの狙いは「多様な働き方の実現」だとされているが*3、そもそも「多様な働き方」は現役世代の願いというよりもむしろ、上述したグローバル化の要請がもたらした雇用環境の流動化という不可避的な現象そのものだと理解される。ともすれば、「多様な働き方」などという美辞麗句で問題の本質を覆い隠すのではなく、現役世代への支援策と給付策の強化に策を講じなければ、現状は永遠に改善されない。

 

一方で、高齢者をめぐる生活環境も決して良いものとは言えない。開会中の今国会(第192回国会)において改正年金機能強化法が成立したことにより、年金の受給に必要な保険料の納付期間は25年から10年に短縮されたものの、社会保障と税の一体改革による消費増税の見返りとして旧民主党政権が掲げた月額7万円の最低保障年金は棚上げされたままどころか、物価の変動に関わらず名目手取り賃金が減少した場合に年金額を減額するという新たな年金制度改革法案が審議入りする始末だ。こういった状況の中で年金受給者は公的年金をどれだけ貰っているのか。図1は年金受給者の公的年金受給額を受給額の階級別に示したものであるが*4、実に受給者の46.8%が年額100万円未満の受給額に留まり、さらに15.4%は上述した月額7万円の最低保障年金を大きく下回る年額50万円未満しか貰っていない。老後の生活を支える基盤は必ずしも公的年金だけではないが、これではあまりにも心もとないというのが率直な感想だろう。

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(図1:公的年金受給額階級別構成割合)

 

2. 格差がもたらした地域再生の迷走

地方のまちづくり戦略が迷走している。2016年、青森市の中心市街地に立地する複合再開発施設「アウガ」が債務超過により事実上の経営破たん状態に陥り、その責任を取る形で青森市長の鹿内博が辞職した。「アウガ」は人口減少社会に対応するため都市機能や居住地域をコンパクトにまとめる青森市の「コンパクトシティ」政策の目玉として2001年に開業したが、その投資が焦げ付いたことで政策そのものに疑義が持たれるようになりつつあるのだ。

 

なぜ、コンパクトシティなのか。戦後の人口増加と経済成長に伴って各地で進行した都市のスプロール化は、都市のインフラ維持管理費の増大を招いた。だから人口減少と高齢化が進む中、郊外に無秩序に拡散した市街地を旧来の中心市街地に呼び戻すことで空洞化した都心に活気を呼び戻すとともに、インフラ維持管理費を抑制し効率的な行政サービスを実現する、というのがコンパクトシティ推進の口実だ。政府の「まち・ひと・しごと創生基本方針2016」にも「都市のコンパクト化と利便性が確保された公共交通ネットワーク構築の取組を全国に広げていく」とあり*5、全国的な取組としてのコンパクトシティ推進が強調されている。その我が国の先駆け的存在であったのが青森市であり、「アウガ」なのである。

 

この説明には重大な欠陥がある。そもそもコンパクトシティ政策に実現可能性があるのかという観点と、果たして本当にコンパクトシティを推進することが「効率的」なのかという観点が抜け落ちているのだ。やや抽象的な話になるが、徳野貞雄(2007)や山崎亮(2015)が指摘するように、1940年代まで日本人の約8割は中山間離島地域に居住していた。それが戦後、農村の急速な人口増加によって都市に人口が流入し郊外市街地を形成したのだから、そもそも郊外の住民は農民的な気質を持っており、高度に集積された中心市街地での生活が「性に合わない」可能性は高い。それを裏付けるような郊外住民の「街中には住みたくない」といった言葉*6は少なくない。2016年7月に総務省が行った「地域活性化に関する行政評価」で、自治体のコンパクトシティ推進を骨子とする「中心市街地活性化基本計画」44計画のうち目標を達成できた計画が「ゼロ」であったことは*7、コンパクトシティが理念先行型でそういった声に耳を傾けてこなかった現状を如実に表していると言えるだろう。我が国でコンパクトシティを推進すること自体にやや無理があるのだ。

 

「効率的」なのかという観点でも疑問符が残る。コンパクトシティはその性質上、中長期的な視点で施策を推進しなければならないことは明らかだが、仮に順調に事が進むとしても、我が国にはそんなに多くの時間は残されていない。2014年5月に日本創成会議が発表した通称「増田レポート」で「2040年までに全国の市町村の半分が消滅する可能性がある」との予測が公表されたことは、その評価は別にしても、少なからず地方の人口急減に歯止めをかけるために社会保障や雇用の持続戦略を抜本的に見直さなければならないということを改めて我々に認識させた。そんな局面でのコンパクトシティ推進は、効率的という理念とは裏腹にむしろそういった適応戦略の足を引っ張る可能性すらある。物理的に都市をコンパクトにすることが前提の適応戦略は非常に危うい。

 

そもそも何が問題なのか。多くの地方では今、従前の発想に基づく現役世代の雇用機会が喪失し、東京を中心とする大都市圏との格差が拡大しつつある、という説明がなされる。確かに公共事業費の削減やグローバル化に伴う工場の海外移転が地方経済に打撃を与えたことは事実だ。だが真に格差を拡大させてきた要因は、そのように地方と大都市圏とを十把一絡げに考え、地方に都市の論理を持ち込もうとする一種の「東京信仰」ではなかったか。迷走するコンパクトシティ政策が地方で持て囃される中にも、結局は選択と集中の論理によって地方の中に「リトル東京」を創出し、仕事を持ってくることで地方経済を立て直し、格差を解消しようという前時代的な発想が透けて見える。実際には大都市圏でやれることは大都市圏でやった方が儲かるのだから、そういった発想に基づく限りかえって地方と大都市圏との格差が拡大し続けるのは当然であるのだが。

 

後編に続く

 

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