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3.11から7年。東日本大震災以降の人口変化をまとめてみた(その2:福島県)

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前回の記事からの続きです。その2は福島県です。

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福島県では震災後、原発事故により極めて大規模な転出超過が発生しました。復興関連従事者の流入などに伴い、転出超過幅は2014年まで徐々に縮小していきますが、復興需要のピークが過ぎ、いわきなど復興事業の拠点となる地域からの転出超過が拡大した結果、2015年以降、再び転出超過幅は拡大しています。

 

市町村別に見てみましょう。

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上の図は、福島県の市区町村における震災直前の2011年3月1日推計人口から最新の2018年2月1日推計人口までの人口増加率を、増加率に並べたものです。ただし帰還困難区域が含まれる自治体は推計人口が出されていないので、緑で表示しました。増加率の1位は西郷村、2位は大玉村となりました。いずれも中通りの町で、西郷村は東北新幹線の新白河駅や東北自動車道(シリコンロード)の白河インターチェンジが立地し、交通の便を活かした工業の盛んな町です。減少率の1位は川内村、2位は広野町でした。いずれも福島第一原発に近い浜通りの町村で、発災直後は避難区域が設定されていました。推計人口を見る限りは転出超過が続いているように見えますが、実際には避難者が帰還することなく避難先に定着し、住民票を移している事例が多いのではないかと推察されます。

 

地図に落とし込むと次の通りです。

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原発事故のあった浜通りについて言えば、避難区域や避難区域に近接する自治体から人口が流出し、その外縁にあたるいわき市や相馬市が避難者の受け入れ、あるいは復興関連従事者の流入によって人口が増えたことが分かります(ただしいわき市も相馬市も人口のピークは過ぎており、現在は転出超過が拡大しています)。一方で西側には青が目立ち、震災以前から人口減少が続く会津地域での人口急減が窺えます。会津地域全体での7年間での人口増加率は-7.3%で、浜通り(帰還困難区域が含まれる自治体を除く。-3.0%)と中通り(-3.4%)の2倍以上のスピードで人口が減少しています。

 

福島県の人口減少要因においては、避難者の帰還が進まないことや復興需要のピークに伴う転出拡大だけでなく、元からの過疎地域における人口減少も大きな要因を占めていると言えそうです。次回は岩手県について見ていきたいと思います。

 

 

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